山中史郎(やまなかしろう)
株式会社 HI / HI  INC. 代表
アートディレクター/デザイナー
アートディレクションとコンセプトの設計を軸に、クライアントワークからセルフプロジェクトまで、見た目を整えるだけでなく、背景や想いを整理・再構成しながら、ブランドや事業の方向性を探っています。
ぼくは何をやっている人なのか。
さっきお会いした人も、お久しぶりの人も、偶然の人も、はじめまして。こんにちは。山中史郎です。まわりからは「山中さん」だったり「シローさん」だったり「シロー君」だったり。あと、稀に「ふんどし」って、呼ばれることもあります(笑)。
きっと昔からそうだったのかもしれませんが、最近よく「山中さんって、何をやっている人なのか、よくわからない」という声を、チラホラいただくようになりました。SNSが身近になって、余計にそう感じるのかもしれません。
そんな声を聞くたびに、「まぁ、世間ってそんなもんよね」と思いながらも、心の中ではちょっとだけ「イヒヒヒヒー」とニヤけているんですよ。
ずっと、このままでも良かったのですが、このよくわからない感じを「ちゃんとしなきゃ」と思わせたのが、AIの存在でした。賢いし、速いし、文句も言わないし、ヤバい存在。そう、これからはAIの時代。

でも、だからこそ、これからは人間の時代でもあるはずだと。だったら「自分は何者なのか?」を、一度ちゃんとことばにしてみようと。そんなこんな理由で、ポートフォリオと合わせて、こうして自己紹介のようなページをつくってみることにしました。

ここから先は「ぼくって、こんな人かもしれません」というキーワードを時系列にならべて、いくつかお話できればと思います。少し長くなりますが、お時間ある方、どうぞお付き合いください。
ヌーヴェルヴァーグになりたかった頃
1974年、函館生まれ大阪育ち。京都芸術短期大学(現・京都芸術大学)映像科を卒業後、同校専攻科学士課程を修了。学生時代は映像表現を学び、モンタージュ理論に衝撃を受け、ヌーヴェルヴァーグにかぶれ、つげ義春に片想いをしてました。
20代のはじめ「ヌーヴェルヴァーグになって映画を作りたい」って本気で思って、車工場で半年稼いで単身パリへ。ところが、ポンピドゥー・センター裏のカフェで「フランス以前に日本のことを何も知らなすぎる」と気づいてしまい、1年も経たずに日本に帰ってきました。
パリジャンたちの、仕事より休みを大事にしている姿や、カフェで毎日ちゃんと、昼からワインを飲んでいる生活に、なぜか強くあこがれてしまい「何をするか」より「どう生きるか」の方が大事かも、って思うようになりました。
帰国後は、昼よりも夜の街に足を踏み入れ、夜な夜なクラブに通うようになります。DJブースの後ろで映像を演出する、VJの活動も始めてみたものの、ギャラはドリンクチケット数枚程度。その道では生活が出来そうもなく、日雇いバイトをしながら「さて、どうしたもんか」って考えてました。
ネットとパソコンがあれば
やっていけるかも
そんなある日、千里セルシーでADSLモデムを無料配布している現場に遭遇。その瞬間「パソコンとネットがあれば、ひとりでも仕事ができるんちゃうか!?」と、妙に確信めいた直感が頭をよぎりました。

帰宅して、無料でゲットしたモデムとパソコンをつないでみたら、求人サイト「FIND JOB!」を偶然発見。めぼしい会社に売り込みのメールを送り続け、このあたりから、気づいたら独立みたいな状態になっていました。
2004年、となり町の税務署に行って、個人デザイン事務所の開業届を提出。代理店からの孫受け案件や知り合いからの紹介案件をボチボチとこなしながらキャリアをスタートさせ、2011年、茶農家さんと取り組んだ「茶畑のオーナー制度」でグッドデザイン賞を受賞。「作られたものをどう伝えるか」よりも「そもそも何をつくるのか」を考える面白さに出会い、その後の仕事のあり方を変えていきました。
一次産業や地域のプロジェクト、ブランドの立ち上げからリニューアルまで、規模も業種もまったく違う現場のクリエイティブに関わるようになり、形になる前のまだ言葉にならない部分から、事業やブランドを考える仕事が多くなりました。
また、飲食店の内装デザインやサービスの設計にも携わって、施主さんと一緒にセルフビルドで空間をつくる仕事もポツポツと。Macだけでなく、マキタのインパクトドライバーを片手に、デスクトップと現場を行き来きするスタイルが定着しました。

発注者のいないクリエイティブ
2021年には、共同で会社を立ち上げて、豊中・蛍池に「Sono」という、シェアオフィスを始めました。「お店を作ったんだから顔を出さなきゃ」って気合いを入れて「人と繋がるスペース」を目指したのに、集客はイマイチ。そこで、自分の顔と個性を隠して「繋がらないスペース」にリブランディングしたら、利用者がじわじわと増え始めました。
どうやら、人は「面白い人」よりも「静かな場」を求めていたんだと実感。クライアントワークではどうしても納品して終わりの関係になりやすいけれど、自分で事業を立ち上げて、現場に立って、売上をつくって、日々調整するプロセスの重要さが、すごく新鮮で、面白くて、勉強になっています。間違いなく。
2025年、株式会社HIを設立。個人事業の枠では収まりきらなくなってきた、いくつかのプロジェクトや関心ごとを、そのまま続けていくための器として、法人を立ち上げました。設立日は狙ってもいないのに、まさかの12月25日クリスマス。笑いました。
特に好きなことは、掃除とお酒と阪神タイガースの応援。主な受賞歴に、グッドデザイン賞、日本タイポグラフィ年鑑、大阪クリエイティブアワード最優秀賞など。現在は、妻と息子の3人暮らし。息子はもう18歳。
どんな鳥も
想像力より高く飛べる鳥はいない。
上の言葉は僕の言葉ではなく、学生時代に影響を受けた、寺山修司氏の言葉です。そう言えば、肩書きに縛られない生き方を教えてくれたのも、寺山修司でした。
これまで数々のプロジェクトに携わってきて実感するのは、発注者と受注者の関係ではなく、ともに考え、ともに動けたとき、プロジェクトはほぼ成功しているということです。
断言はしませんが、きっとそうだと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。ここまで読んでくださったということは、きっとどこかでお会いしましょうね。

人間と人間に、乾杯。
COMPANY
社名:株式会社 HI/HI INC.
所在地:大阪府豊中市
設立:2025年12月25日(個人事業としては2004年より)